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教えない、その願い 2

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-11-03 23:17:00

「横井《よこい》さん、金曜の夜が暇なら一緒に飲みに行きませんか? 眞杉《ますぎ》さんやコイツもくるんで」

 水曜の昼休み、一緒に昼食を取っていた鷹尾《たかお》さんからそう言われ私はふと思い出す。確かその日は伊藤《いとう》さんが帰国する日で、私は彼を迎えに行かなくてはならない。

 眞杉さんがいれば私が参加すると思ってるのか、梨ヶ瀬《なしがせ》さんは笑顔でこっちを見ている。そういう何でも分かってます、って顔が好きじゃない。だから……

「ごめんなさい、その日は予定が入ってるの。私にどうしても迎えに来て欲しいって、うるさい人がいて」

「……へえ、それじゃあ仕方ないね」

 そういう鷹尾さんの顔は引きつっている。

 隣にいる梨ヶ瀬さんの纏うオーラが、一気に妖しいものへと変わったからだろう。さわやかな笑顔を浮かべていても付き合いが深くなると分かる、梨ヶ瀬さんの不機嫌。

「そのうるさい人って女性、それとも男性?」

「男性ですよ、結構カッコいい感じの」

 そう返せば眉をピクリと跳ね上げる梨ヶ瀬さん、分かりやすい反応ですね。この前の遊園地の一件以来、彼は私にに対する嫉妬を隠すのは止めたらしい。

 でも、それっておかしいですよね?

 私達は上司と部下の関係でしかないはずなんですから。

「ふうん、気を付けてね?」

「ええ、ありがとうございます」

 梨ヶ瀬さんはそれきり黙り込んで、私とは目も合わせようとはしなかった。

 少しやり過ぎたのかもしれない。

「遅い、ちゃんと時間は教えておいたのに」

「私は時間の通りに来ました! ウロウロしてどこにいるか連絡がつかない、伊藤さんが悪いんです」

 なんだかんだと文句を言いながら私と伊藤さんはそのままタクシーに乗り込む。荷物もあるし先に一度ホテルにチェックインしたいという伊藤さんの言う事を聞いた。

 駅前のビジネスホテル、私はロビーで待たせてもらい伊藤さんはチェックインを済ませて戻ってくる。さっきまでスーツ姿だったが、私服姿の伊藤さんは結構お洒落でカッコよく見える。

「意外ですね、伊藤さんってそうしてればイケメンなんだ」

「意外は余計だろ、俺だってそれなりにモテてるんだからな?」

 私が揶揄えば、伊藤さんはそうやって軽口で返してくる。

 なんとなくそんな関係が悪くないと思ってしまうなんて、紗綾《さや》や御堂《みどう》さんに言ったら怒られるだろうか?

 
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